美味しい麻婆豆腐をたべながら地球の生き物らしく生きたいと思った

気がつけば世の中が不自由になっている。

わたしはガラケーが大好きだったのに
この3月むりやり3Gがおしまいになった。

余計な機能はいらなくて
電話ができればいいと思っていたので
スマホではなくガラホというものに乗り換えたが、
ガラケーと比べて重いし
細かいところで使いにくい。
話すのがストレスになるくらい
受信の質の悪さ。
スマホに変えろと言わんばかりだ。

そしてスマホを持たないとできないことがどんどん増える。
大好きな怪異研のチケットもスマホでしか購入できなかった。
仕方なく主催者にメッセージして早くに予約はしたのだが、
整理番号が発行されないため当日扱いになって
入場は一番最後。

ネット診療もスマホ前提で、
体調が悪い中、ガラホに送られてきたURLを
ipadに直打ちした。
確定申告のe-Taxとやらも、
スマホがないとうまくできなくなり、
e-Taxをやめて確定申告は印刷して郵送するようになった。

そもそも、
クレジットカードなどという
ややこしいもの持ちたくないと思っても
カードがないと不便すぎる世の中だ。

わたしが携帯電話を持ったのは、28歳だった。
20代前半でみんな携帯を持ち始めたが
別に携帯がなくても、
家の留守電に用件をいれてもらえたら
不便なことはなかった。

「さとはいつもつかまらない!」と
文句を言われることもあったが
思いがけず
偶然出会える友だちもいて
いろいろなことを天にまかせたらうまくいく
という感じを
たくさん味わうことができた。

あの頃は、まだ選べたのだ。
いまは選べなくなってきている。

スマホや
クレジットカードがないと
契約できなかったり
インターネットにつながないと
仕事ができなかったり

カードとかスマホとか
余計なものを持ちたくない
と思っても
ないとできなくなってしまうこと
デメリットが多すぎるのだ!

別にカードやスマホがわるいわけではない。
世界は広がるしいいとおもう。

ただ
いつのまにかどんどん
選べない仕組みになっている
ということがおかしいと思う。

気がつけば
茹でカエルのように
わたしたちは
不自由になっているのではないか。

携帯がなかったころの
あの自由さ。
時間の流れる感覚
いまここへのクリアな感覚
あの体験の価値を
わたしたちは忘れてはいけないとおもう。

いま人間が向かっている方向は
なにかがおかしい。
なんかへんだよ。

へんだというこの感覚を
ちゃんともっておこう。

人間は、効率や便利さを追求するがゆえ
逆に不便になり不自由になっている部分もある。
それをちゃんとわかっておこう。

地球の生き物として
大切なものをちゃんと大切にしよう。

先日
とっても濃厚美味の麻婆豆腐を友人がもってきてくれて
おいしいおいしいといいながら
最近考えていることを話していたら
わたしは、選べないこの不自由さに
とても怒っていることに気がついたのだった。

わたしたちは
地球の生き物なのですよ。

地球のよさを
ちゃんと味わって
生ききりましょう。

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